トランプとケインズ|理想の制度か、力のディールか ~100年越しの貿易不均衡への挑戦~


100年越しの問いが今、再燃しています。
「なぜ世界は、赤字国だけが苦しむのか?」
この問いに最初に本気で挑んだ経済学者こそ、20世紀を代表する思想家、ジョン・メイナード・ケインズでした。
そして、21世紀の“赤字の帝国”アメリカで、真逆の手法でその問いに挑んでいるのが、ドナルド・トランプです。
ふたりのアプローチは、理念と力、制度と交渉、協調と一国主義という対照的な軸で交差します。
ケインズの夢|黒字国にも責任を


第二次世界大戦後、ケインズが構想したのは「バンコール(国際通貨)を軸に、黒字国も制裁対象にする世界秩序」でした。
「赤字国が苦しむのは当然ではない。黒字国も世界経済の調整責任を負うべきだ。」
この思想に基づき、黒字国に蓄積される過剰な外貨準備にペナルティを課すという案まで検討されました。
しかし、この提案は当時の最大の黒字国=アメリカに拒否されてしまいます。
現在のIMF-ドル体制が確立され、“赤字国だけが調整を強いられる構造”が国際ルールとして定着していったのです。
トランプの現実主義|「制度ごと潰せばいい」


・WTOの機能停止
・相互関税の導入構想
・貿易黒字国への制裁・追加関税
・デジタル税や付加価値税制度への反発
など、制度全体への挑戦状を叩きつけました。
「アメリカは搾取されている。対等なディールをしなければ、報復するだけだ。」(2018年)
つまりケインズが目指した「制度の再設計」とは真逆。
制度を壊し、アメリカの“取引力”で上書きしようとするのがトランプ流です。
二人のアプローチを比較すると…
比較項目 | ケインズ | トランプ |
---|---|---|
アプローチ | 制度設計・多国間主義 | 二国間ディール・実力行使 |
解決方法 | 黒字国への制度的圧力 | 黒字国への直接的圧力(関税・制裁) |
理念 | 協調と均衡 | アメリカ第一主義 |
評価 | 理想主義・制度派 | 現実主義・力の政治 |
両者とも「貿易不均衡の是正」という同じゴールを目指しつつ、そのアプローチは正反対。
理想か現実か、制度か交渉か——その違いが、世界経済に与える影響は今なお大きいのです。
現代の私たちにとっての問い


制度による調整は理想だが、現実は機能していません。
一方で、力による交渉は短期的ですが、ルールを歪めやすい。
私たちは今、ケインズの夢が潰え、トランプの現実が支配する世界に生きています。
だからこそ問いたい。
「制度による再調整の道を、21世紀バージョンで取り戻すことはできないのか?」
最後に
「理想を制度に託したケインズ」
「損得を交渉に変えたトランプ」
2人の“逆説の貿易戦略”から、我々が学ぶべきは、「制度も交渉もどちらか一方では限界がある」という現実です。
理想を抱きながらも、現実と折り合いをつけ、未来へつながるルールをどう設計し直していくか——
それが、いまを生きる私たちに託された問いではないでしょうか。