朝のニュースを見て驚いた話(3月27日)~冷静に考えれば当然のことも、ニュースになると対立に見えてしまう~


目次
「アメリカは日本を守ってくれるのか?」という問い


今朝のニュース番組で、「有事の際、アメリカは本当に日本を守ってくれるのか?」というテーマが取り上げられていました。
あるコメンテーターが、「アメリカが守ってくれない可能性もある」とサラッと発言していて、思わず首をかしげました。
いや、それってむしろ当然の話じゃないでしょうか?
「血を流すなら、対価を求める」…これは冷酷ではなく、現実


トランプ氏がたびたび発言しているように、アメリカは「血を流すなら、相応の見返りが必要だ」と考えるのは、国家として極めて普通のこと。
カネを出すのか?責任を分担するのか?
——人類史上、当たり前の外交原則です。
それを「日本を裏切るのか」というふうに解釈するのは、少し感情的すぎるのではと思いました。
コメンテーターは専門外でも発言すべき?


今回の発言がさらに気になったのは、話していたのが国際政治の専門家ではなかったこと。
やっぱり思うのは、「コメンテーターは得意分野に発言を絞るべきでは?」という点です。
どうしてもコメントが浅くなるし、視聴者の誤解を招くこともある。
番組側も、「このコメントは専門的見地に基づくものではありません」くらいの注意書きをテロップで出してもいいと思います。
幸い、番組内では玉川さんがすぐに訂正・補足してくれていましたが、やはり最初の印象って強いですからね。
「報復関税」報道にも感じる違和感


もうひとつ気になったのが、アメリカが日本車に「報復関税を検討か!?」とする最近の報道です。
確かにタイトルはセンセーショナルですが、内容をよく見るとどうも話が違うように思えます。
実際には、アメリカが警戒しているのは「日本経由で中国製のEV(電気自動車)が入ってくる」ことではないでしょうか?
つまり、日本を責めているのではなく、「中国製EVの関税逃れを防ぐための仕組みを整えたい」という、きわめて実務的な対処に見えるのです。
いわば、「制度のスキマを塞ぎたいだけ」という話。
これをわざわざ「報復」「日米対立」といった構図に持ち込むのは、ややナンセンスと言えるかもしれません。
アメリカにしてみれば、中国との経済・安全保障を巡る駆け引きの一環であり、そこに日本が“巻き込まれないように”という注意喚起も含まれている可能性すらあります。
それをあえて「報復だ」「対立だ」と報じることで、過度に煽っているようにも思えました。
メディアは「わかりやすさ」だけでなく、「考える力」も引き出すべき


外交も貿易も、結局はお互いの利害をどう調整するかという話。
どちらが正義か、どちらが悪か、という構図で報じる必要はありません。
それでも報道では、善悪のストーリーや対立構造が強調されがちです。これは視聴者の興味を引きたいからでしょう。
——情報の“受け手”を育てる視点を
もちろん、専門用語を並べて難解な内容にしてしまっては、誰も聞いてくれません。
メディアが「わかりやすく説明する」のはとても大切なことです。
でも、それだけでは不十分です。
わかりやすさの中にも、「あれ?これって本当?」と立ち止まるきっかけを織り込むこと。
「今起きていることの背景には、どんな力学があるのか?」と視聴者自身が考える余白を残すこと。
その工夫こそが、メディアの本当の“仕事”ではないでしょうか。
情報が溢れ、印象操作や切り取りがすぐに拡散される時代だからこそ、視聴者の“読み解く力”を促進することも、メディアの使命であるはずです。
テレビやネットで情報を浴びるのが日常になっている今、ただ情報を与えるだけでなく、
「考えるきっかけ」を提供する報道がもっとあってほしい。
今朝のニュースをきっかけに、そんなことを感じました。