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2025.02.06

歴史に学ぶリーダーシップ【第2回】持統天皇

こんにちは!
本シリーズ「歴史に学ぶリーダーシップ(日本ver)」では、日本の歴史上に登場する偉大なリーダーたちの生涯とそのリーダーシップから学べる教訓を探ります。
全15回にわたり、各時代を代表するリーダーのエピソードを通じて、現代に活かせるリーダーシップの本質に迫ります。

今回の第2回では、日本の歴史上、最も影響力のある女性天皇の一人とされる持統天皇を取り上げます。

親族間の抗争を経て、夫と共に政治の実権を握る ― 奈良時代のスーパースター

持統天皇の即位までの道のり

持統天皇(668年–707年)は、日本史上数少ない女性天皇の一人です。
彼女が即位するまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。

天智天皇(中大兄皇子)の死後、皇位継承をめぐり、天武天皇(夫)と大友皇子(甥)による「壬申の乱」が勃発します。
激しい戦いの末、天武天皇が勝利を収め、強大な権力を掌握しました。

しかし、天武天皇の死後、新たな問題が発生します。
本来、後継者となるはずだった草壁皇子(持統天皇の息子)が早世し、皇位継承に再び不安定な状況が生まれたのです。

夫・天武天皇の参謀から自ら天皇へ

天武天皇の時代、持統天皇は政治の参謀役として積極的に支えました。
しかし、草壁皇子が早世したことで、孫の文武天皇が即位できるまでの「中継ぎ」として、自らが天皇の座に就く決断を下します。(在位690年–697年)

とはいえ、彼女は単なる「つなぎ役」ではありませんでした。
持統天皇は、強い実権を握り、次々と改革を推進。
その影響力は、天皇を退位し太上天皇となった後も続き、実質10年近くに及ぶリーダーシップを発揮しました。

リーダーシップのポイント

持統天皇のリーダーシップには、現代のリーダーにも通じる重要な要素が多く含まれています。

日本では古来から女性リーダーが活躍
日本では、奈良時代の半分ほどの期間に女性天皇が在位しており、女性がトップを務めることが珍しくなかった時代でした。
持統天皇もその流れの中で、強い影響力を持つリーダーとして君臨しました。

決断力・実行力・組織力
彼女の強みは、決断力と実行力、そして組織運営の巧みさにありました。
約7年間の在位期間だけでなく、太上天皇としてさらに5年間も政治的影響を保持。
結果的に10年近くにわたるリーダーシップを発揮し、朝廷を安定へと導きました。

このように、持統天皇は「単なる中継ぎ」ではなく、奈良時代を代表するスーパースターとも言える存在でした。

日本文化の礎を築いた持統天皇の改革

持統天皇は、国家運営の基盤を整え、日本文化の発展にも大きく貢献しました。
彼女の治世で行われた主な事業を見ていきましょう。

日本初の本格的な都城「藤原京」の建設

持統天皇は、それまでの飛鳥の都から、日本初の本格的な条坊制都市「藤原京(現在の奈良市)」へ遷都を実施。
この遷都により、政治・行政の効率化が進み、後の平城京や平安京へと続く都の基盤が築かれました。

律令制度の整備と戸籍管理の確立

持統天皇は、中央集権化を進めるため、律令制度をさらに整備し、戸籍制度を確立しました。
これにより、土地や税制の管理が強化され、国家運営の安定化が図られます。

この施策は、701年に完成する「大宝律令」へとつながる重要な下地となりました。

「日本」という国号と「天皇」号の確立

持統天皇の治世で、それまで「」と呼ばれていた国号を「日本」へと改めました。
また、「天皇」という尊称を正式に採用し、東アジアにおける国際的な地位向上を目指しました。

貨幣経済の導入と文化振興

経済の発展にも力を注ぎ、683年には「富本銭」を鋳造し、704年には「和同開珎」が流通するなど、貨幣経済への道筋をつけました。
また、日本最古の歌集である『万葉集』の編纂がこの時期に発意され、後の日本文学の発展につながりました。

リーダーシップのポイント

ビジョンと計画性
持統天皇は、中央集権化を目指し、律令制度の確立や藤原京の建設など、長期的な視点で国家運営を推進しました。

実行力と調整力
有力豪族とのバランスを取りながら、新たな官僚組織を構築し、素早く改革を進めた点は高く評価されます。

外交戦略で自系統の後継を確立 ― 国際的地位を高めた持統天皇

「倭」から「日本」へ ― 国号変更の意図

それまで「」と呼ばれていた国号を「日本」へと改めたことは、持統天皇の外交政策の象徴的な出来事の一つです。
倭国」という呼称には野蛮なイメージが含まれていたため、国号を刷新することで、日本の国際的なイメージを向上させる狙いがありました。

「天皇」号の採用 ― 中華皇帝との対等を意識

従来の「大王(おおきみ)」という称号を改め、「天皇」という尊号を正式に採用。
これは、中国(唐)の皇帝と対等な立場を意識したもので、日本の独立性を強調する重要な決定でした。

遣唐使の派遣 ― 東アジアにおける外交戦略

持統天皇の時代には、遣唐使を派遣し、国号変更の正当性を唐側に認めさせるという積極的な外交戦略が展開されました。
また、中国文化や政治制度を取り入れながらも、独自の日本文化を築く道を模索しました。

リーダーシップのポイント

戦略的思考と外交力
中央集権化と安定した皇位継承を進めるために、諸外国との摩擦を最小限にしながら国際的な地位を高める外交政策を展開しました。

国際感覚とブランド戦略
国号変更や天皇号の採用により、「日本」というアイデンティティを国内外に示し、国家の格を高める施策を実行しました。

律令制度の完成 ― 国家を支えた「大宝律令」の制定

持統天皇の治世に整えられた制度改革の流れを受け、701年に文武天皇のもとで「大宝律令」が完成しました。
これは日本初の本格的な法典であり、古代国家の礎を築いた重要な出来事です。

大宝律令の意義 ― 日本最初の本格的な法典

持統天皇が進めた行政改革や中央集権化の基盤の上に、文武天皇の時代に完成したのが「大宝律令」です。
この法典は、当時の日本の国家体制を確立し、その後の奈良・平安時代を通じて日本の政治・社会の枠組みを決定づけるものでした。

大宝律令の主な内容

大宝律令では、行政・税制・軍制・戸籍制度などが包括的に整備されました。

行政機構の確立:中央政府の統治機構を整え、役人の階級制度を明確化。
税制の確立:国民からの租税を体系的に徴収し、国家財政の基盤を強化。
軍制の整備:地方の治安維持や国防を目的とした兵役制度を導入。
戸籍制度の確立:全国的な戸籍管理を実施し、労働力や租税の公平な徴収を実現。

この制度は、唐(中国)の律令制度を参考にしながらも、日本独自の要素を取り入れた点が特徴でした。

大宝律令がもたらした影響

大宝律令の施行により、日本の政治・社会は大きく変化しました。

中央集権体制の強化:天皇を中心とした統治機構が確立され、地方豪族の権力が抑制された。
法に基づく政治の確立:これまで慣習的に行われていた統治が、法に基づいて行われるようになり、社会の安定につながった。
日本の国家制度の基盤に:大宝律令はその後の律令国家の礎となり、奈良・平安時代の国家運営に大きな影響を与えた。

リーダーシップのポイント

制度化の重要性を認識
国家運営を持続可能にするためには、法制度を整備し、全国に統一ルールを敷くことが不可欠であると認識していた。

組織運営と財政管理の強化
官僚機構を効率化し、税制を安定させることで、国家の維持・発展を支えた。

現代にも通じる持統天皇のリーダーシップ

持統天皇の統治は、日本の国家運営に大きな影響を与えましたが、そのリーダーシップの本質は、現代の組織運営や経営戦略にも通じるものがあります。

彼女の統治から学べるリーダーの資質を、以下の5つの観点で振り返ります。

組織のモチベーション向上と新たな価値観の浸透

国号「日本」の確立や天皇号の制定を通じて、新しい時代の幕開けを印象づけました。
これは、組織のモチベーションを高め、価値観を共有することでチームの結束を強化するリーダーのあり方に通じます。

明確なビジョンと戦略的思考

中央集権国家の確立という明確なゴールを掲げ、藤原京への遷都、律令制度の整備、国家体制の確立といった具体的な施策を計画的に実行しました。
これは、現代の組織運営でも求められる長期的なビジョン戦略の重要性を示しています。

柔軟性と環境適応能力

唐(中国)の制度や技術を積極的に取り入れながら、日本の文化や社会状況に適した形で制度を整備しました。
このように、外部の知見を活かしながらも、自国に最適化する柔軟性は、現代のグローバル社会における組織運営にも不可欠なスキルです。

実力主義による組織改革と人材活用

有力豪族の勢力を抑えつつ、藤原不比等などの優秀な人材を登用し、国家の基盤を強化しました。
これにより、組織の健全な成長を促し、長期的な安定を実現しています。
これは、適材適所の人材配置能力主義の重要性を示す好例です。

信頼関係の構築と組織の一体感

豪族や官僚と協力しながら国家を安定させ、新たな都を建設することで国民のアイデンティティを形成しました。
これは、現代の組織運営においても、信頼関係の構築組織全体の一体感を高めるリーダーシップとして応用できる考え方です。

まとめ

今回の第2回では、持統天皇のリーダーシップを通じて、彼女がどのように国家の礎を築いたのかを探りました。

壬申の乱を経て、天武天皇とともに政権を支え、のちに自ら天皇として即位した経緯
藤原京への遷都や律令制度の整備、国号「日本」の成立といった数々の実績
大宝律令をはじめとする法制度の整備や、諸外国との交渉を通じた外交戦略

これらの要素を通じて、持統天皇のリーダーシップの本質を紐解きました。
彼女の示したビジョンの明確さ、柔軟な戦略、組織改革の手腕は、現代のビジネスや組織運営においても多くの示唆を与えてくれます。

国家のアイデンティティを確立し、外交関係を戦略的に構築しながら、優秀な人材を活かして組織改革を進めた彼女の手腕は、まさに「奈良時代のスーパースター」にふさわしいものでした。

次回以降も、日本の歴史に登場するさまざまなリーダーたちを取り上げ、そのリーダーシップの本質を探っていきます。

どうぞお楽しみに!