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USJを救った「刀」はなぜ失敗したのか|期待値と満足度の差分が生んだ凋落の真相

かつて、窮地に立たされていたユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を劇的なV字回復に導き、日本中にその名を知らしめたマーケティング集団「株式会社 刀」。
代表の森岡毅氏が率いるこのチームは、まさにマーケティング界の”救世主”として君臨してきました。しかし、近年彼らが手掛けるプロジェクトにおいて、その輝きに陰りが見え始めています。
なぜUSJでの成功は、他の地で再現されなかったのでしょうか。本記事では、「刀」が手掛けた近年の事例から、テーマパーク経営とマーケティングの本質的な課題を浮き彫りにします。
目次
USJをV字回復させたマーケティング会社「刀」とは
株式会社 刀は、元P&G、そしてUSJのCMOとして知られる森岡毅氏が2017年に設立したマーケティング精鋭集団です。
彼らの最大の実績
「数学的根拠に基づいたマーケティング」によってUSJを再建したことにあります。
映画の枠を超えた「アニメ・ゲームとのコラボ」や「ハロウィーン・ホラー・ナイト」の成功、そして巨額を投じた「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」の導入。
これらはすべて、緻密な需要予測と消費者心理の分析に基づいたものでした。
多角化するプロジェクトとその実績
USJでの成功を皮切りに、「刀」は数々の地方再生・パーク再生プロジェクトに乗り出しました。
昭和レトロをテーマにした独自の「熱気」を演出
大自然の冒険をテーマにした体験型リゾート
全身没入型(イマーシブ)体験に特化した都市型パーク
沖縄の森を舞台にした大規模テーマパーク
当初、これらのプロジェクトは「森岡マジック」による地方創生の旗印として大きな期待を集めていました。
露呈した課題:ジャングリアの不評とイマーシブ・フォートの閉園
しかし、現状は厳しい数字と評価に直面しています。
ジャングリアの苦戦
沖縄で鳴り物入りで誕生した「JUNGLIA(ジャングリア)」は、開園直後から「コンテンツ不足」「価格設定と満足度の乖離」といった悪評が目立つ結果となりました。
さらに衝撃を与えたのが、お台場の「イマーシブ・フォート東京」です。世界初のイマーシブ・テーマパークとして注目されましたが、リピーターの確保に苦しみ、わずか短期間での閉園が決定しました。
2025年12月25日の発表
株式会社 刀は「イマーシブ・フォート東京」を2026年2月28日をもって営業終了すると発表しました。
閉園の理由は「現在の施設規模は過大である」との判断です。当初想定していた大人数向けの体験よりも、人数を限定したディープな体験への需要が強く、ビジネスモデルと実際の施設規模に致命的な乖離(ミスマッチ)が生じていました。
さらに、同社は2024年11月期の決算修正も同時に公表。沖縄の「ジャングリア」での苦戦(悪評や集客不足)に加え、都心型パークの撤退。これらは、無敵と思われた「刀」のスキームが、大きな壁にぶつかっていることを示唆しています。
ユニバの成功を「概念化」できなかったことによる再現性の欠如
なぜ、USJの成功は再現されなかったのでしょうか。
最大の要因は、「USJの成功要因を、異なる条件下で正しく概念化できなかったこと」にあると考えられます。
USJのV字回復(2010年代前半)を振り返ると
そこには単なるマーケティング手法を超えた「SNS文化との劇的な同期」がありました。
●スマホとSNSの爆発的普及:2011年頃から日本でもスマホが普及し、Twitter(現X)やInstagramが一般化。誰もが「発信者」になる時代が到来しました。
●IPプラットフォーム戦略:刀が仕掛けた「ユニバーサル・クールジャパン(アニメ・ゲームコラボ)」は、熱狂的なファンを持つIPを活用した戦略です。
●「限定・コラボ」がSNSの燃料に:「今しか体験できない」「自分しか撮れない」限定コンテンツは、承認欲求と拡散文化に完璧にフィットしました。
つまり、USJの成功は、刀の戦略と「SNSの夜明け」という時代の波が一点で交わった、極めて稀有な成功体験だったと言えます。
なぜ他の場所で再現できなかったのか。それは、USJの成功要因を「環境(強力な既存IPとSNSの追い風)」から切り離して、汎用的な「概念」としてモデル化できなかったからではないでしょうか。
USJには元々「ハリウッド」という巨大な器とアクセス、IPを引き寄せる磁力がありました。
しかし、地方や新規施設において、「自前でIPや熱狂をゼロから作り出す」ことの難しさは、USJのグロース(最適化)とは全く別次元の課題だったのです。
マーケティングは「仕組み」、テーマパークは「魅力」の継続
マーケティングの役割は「売れ続ける仕組み」を作ることです。
しかし、テーマパークというビジネスの根幹は、仕組み以上に「人を惹きつけ続けるプロダクトの魅力」にあります。
いくらSNSで拡散される「フック」を作っても、訪れたゲストが「もう一度来たい」と思える圧倒的な体験価値(魅力)が継続しなければ、マーケティングは「失望を拡散させる装置」に成り下がってしまいます。
今回の凋落において最も深刻だったのは、「プロモーションによる期待値」と「実際の満足度」の乖離です。
→過剰なプロモーション:強力なマーケティング手法により、消費者の期待値(期待形成)を限界まで高めてしまいました。
→期待値マネジメントの欠如:SNSで拡散される「輝かしいイメージ」に対し、現場での体験(オペレーション、コンテンツの薄さ、高価格設定)が追いつかなかった。
→「拒否集団」の爆発的増加:期待を裏切られたと感じた顧客は、単なる「未購入者」ではなく、SNS上で負の情報を拡散する強力な「拒否集団(ブランドの否定層)」へと変わります。
満足度の数式
満足度 = 実際の体験(プロダクト) − 期待値(プロモーション)
顧客が抱く「満足度」は、この数式によってのみ決定されます。
どんなに優れた内容でも、プロモーションで期待値を上げすぎれば、差分は「負」になります。
マーケティングにおいて、「期待値」はプロモーションによって恣意的に設定可能です。しかし、満足度の差分は、一度きりのものではありません。顧客の中に「失望」として蓄積され、やがて強固な「拒否集団」を形成します。
プロモーション・ブランディング・仕組みの強化循環へ
持続可能なビジネスを築くには、以下の3要素を再統合しなければなりません。
プロモーション
期待値を操作するのではなく、体験価値と「正しく握る」。
ブランディング
期待値を下回らない「体験の質」を維持し、ポジティブな記憶を蓄積させる。
マーケティングの仕組み
顧客の「蓄積された満足」を元に、SNSでの推奨(影響力示唆)を自動化させる。
まとめ:マーケティングは魔法ではなく、価値を届ける手段です
期待値という「借り物」で集客しても、実体験の差分で負債を抱えれば、ブランドは自壊します。
「刀」の凋落が教えてくれるのは、中身(プロダクト)と伝え方(プロモーション)の誠実なバランスこそが、SNS時代の生存戦略であるという事実です。
プロモーションで「期待値」を吊り上げることは、いわば「未来の満足度からの前借り」に過ぎません。
その「前借り」を、実際の体験という「現物」で返済できなければ、ビジネスは瞬く間に破綻します。
「期待値はコントロールできるが、満足度は顧客の心の中にある『差分』の積み上げでしか得られない」という洞察は、まさにマーケティングの「打ち出の小槌」を過信したプロ集団が忘れていた、最も誠実で冷徹な真理です。



