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30年間デフレの日本 vs 30年間インフレのアメリカ|「当たり前」が違う2つの社会

30年間デフレの国と、30年間インフレの国
――日本とアメリカ、何が違ったのか?
「日本は30年間デフレだった」
「アメリカはインフレが続いた」
ニュースではよく聞く言葉ですが、それが私たちの生活に何をもたらしたのかまで、具体的に考えたことはあるでしょうか。
そもそもデフレとインフレの違いとは?
ここで重要なのは、物価そのものより、人の行動が変わることです。
30年間デフレだった国・日本で起きたこと
「デフレ=モノの値段が下がり続けた30年」
そう思われがちですが、それは正確ではありません。
● 物価は「下がり続けた」のではない
日本の30年間を振り返ると、
価格が毎年下がり続けたわけではない
むしろ多くの商品・サービスは価格を維持してきた
というのが実態です。
つまり日本は、値下げ競争を続けた国ではなく、「値段を落とさない努力」を続けてきた国でした。
● 価格を守る代わりに、何をしてきたのか
日本企業・日本社会が選んだのは、「価格は据え置き、その中で付加価値を高める」という戦略です。具体的には、
内容量を変えず品質を上げる
サービスの丁寧さを高める
安定供給・高耐久・細やかな配慮
無言の改善(カイゼン)
これらはすべて、値上げをせずに価値だけを積み上げる努力でした。
● デフレの本質は「値下げ」ではなく「値上げできない空気」
日本のデフレの正体は、モノが安くなり続けたことではなく、「値上げすることが悪」になった社会空気でした。
値上げ=企業努力不足
賃上げ=無謀
利益=悪
こうした無言の圧力が、30年かけて社会に染み込んでいったのです。
結果
物価格は変わりませんでした、デフレと言っても下がり続けるわけではありません。
30年間値段を落とさずに付加価値を上げる努力を重ねてきました。
つまり日本は、「世界でも稀な、高付加価値・低価格社会」を作り上げた国だったと言えます。
30年間インフレだった国・アメリカで起きたこと
アメリカの30年を一言で表すなら、「成長し続けたが、守ってはくれない社会」です。
● 物価は上がり続けた、それが前提の社会
アメリカではこの30年間、物価は基本的に毎年上昇、家賃・医療費・学費は右肩上がり、「去年と同じ値段」はほぼ存在しない。
インフレは異常事態ではなく、日常であり前提条件でした。
● だから「勝ち続ける人」しか残れない
物価が上がるということは、収入が増えない人は、確実に苦しくなる、昨日と同じ生活をしていたら、相対的に貧しくなるということを意味します。
その結果、社会は自然とこうなりました。成長できる人だけが、生き残る
● 弱肉強食が制度として組み込まれた
アメリカでは、終身雇用は前提ではない、転職・解雇は日常、医療・老後・教育は自己責任「守ってもらえる」感覚は最初からありません。
だからこそ、スキルを磨く、収入を上げる、投資することをやめた瞬間、生活が崩れるリスクを常に抱えています。
● インフレ社会の裏側で広がった格差
結果として起きたのは、上位層:資産も収入も爆発的に増加。中間層:必死に走り続ける。下位層:一度落ちると這い上がれないという、極端な二極化です。
インフレは平等に見えて、実際にはこう作用します。
強い者には追い風、弱い者には容赦ない逆風
● それでもアメリカが成長できた理由
ここが重要です。アメリカ社会は、失敗を前提にしている、競争を前提にしている、そして「脱落者が出ること」を許容している。
この冷酷さがあるからこそ、価格は上がる、賃金も上がる、経済全体は拡大するという構造が維持されました。
日本:
高付加価値・低価格・みんなで耐える社会
アメリカ:
高成長・高価格・勝者だけが報われる社会
日本とアメリカ、30年間の生活比較
どちらが正しかったかではなく、どんな「当たり前」を社会が選んできたかの違いが、そのまま今の生活実感に表れています。
この表は、デフレ=失敗・インフレ=成功という単純な議論を壊すための、かなり強い材料になります。
当たり前の生活価値観の変化
――30年で何が「普通」ではなくなったのか
私たちはつい、「生活が苦しくなった」「昔は良かった」と言いがちです。
しかし本質は、生活水準そのものよりも、「当たり前の基準」が変わったことにあります。
1995年頃、日本でもアメリカでも、「普通に生きる」ことの定義は比較的シンプルでした。
正社員として働く
結婚する
子どもを育てる
家を持つ
このルートを外れなければ、生活は大きく崩れないという共通認識がありました。
当時の価値観を一言で言えば、「外れなければ、守られる」という感覚です。
30年を経た今、日本とアメリカには共通点も生まれています。
「普通」のルートが消えた
正解が見えない
自分で選び、責任を取る必要がある
結婚も、家も、子育ても、「やるべきこと」から「選ぶこと」へと変わりました。
変わったのは生活水準ではなく「基準」
重要なのはここです。
昔の生活が豊かだったわけではない、今の生活が必ずしも貧しいわけでもない
ただ、何をもって「普通」と感じるかその基準が、社会の前提条件ごと書き換わったのです。
まとめ
経済の話になると、必ず出てくるのがGDPです。
成長率は何%か、他国と比べてどうか、世界ランキングは何位か
もちろん、GDPは重要な指標です。しかしそれは、社会の一側面を切り取った数字にすぎません。
当たり前は、時代が決める
価値観は、環境が作る
そして今は、個人が選ぶ時代
GDPだけだと幸福は測れない
これから考えるべき未来は、GDPが何%伸びるかではなく、どんな生活を「当たり前」にしたいかです。
経済はその手段であり、目的は人の生活にあります。
未来30年を考えるなら、数字より先に、価値観を決めるべきなのです。



