他業種のビジネスモデル分析|第3回:ジョブ理論×ゼロベース思考で挑んだジョブカンの事業転換


元はゲーム会社だった企業が、なぜ今では日本を代表する労務管理アプリ「ジョブカン」の提供企業になったのでしょうか?
ジョブカン勤怠管理:2010年5月17日
ジョブカン労務管理:2017年10月10日
ジョブカン給与計算:2018年6月28日
・ジョブカンシリーズ全体:累計導入実績は 25万社以上、有料ID数は 300万 を突破
・ジョブカン給与計算:累計導入社数が 5万社 を突破
そこには、「ジョブ理論(JTBD)」と「ゼロベース思考」を組み合わせた、見事な戦略転換の思考が隠されています。
本記事では、ゲーム開発企業がSaaS事業へ転換し、急成長を遂げた背景を読み解きます。
目次
ジョブカンを展開する会社「DOUNUTS」は元ゲーム会社


DOUNUTS社は、かつてはモバイルゲーム『Tokyo 7th シスターズ』などを開発していたゲーム開発企業。
しかし、“ヒットに依存しやすいゲーム業界の収益構造“に限界を感じ、安定収益を見込めるSaaS事業へと大きく舵を切りました。
この時、単なる業態変更ではなく、「本当に社会から求められている価値とは何か?」をゼロから考える決断があったのです。
DOUNUTSはあえてアンゾフのような「既存製品×既存市場」の思考に縛られず、意図的に枠組みから外れる形で新しい市場・新しいプロダクトへと展開しています。
これは、アンゾフのフレームにありがちな“既存へのアンカリング”を超える意思的な選択です。
自社実験から事業へ──現場課題が導いた社会的視座
また、当時のゲーム業界における自社の労務状況は非常に過酷であり、これを「自社内実証実験」として活かしつつ、同時に「社会的な問題解決」として捉えたことが、事業化に大きく寄与したと考えられます。
一方で、実は最終的にジョブカンを自社採用には至りませんでした。
理由は、会計ソフト機能の弱さがネックとなったためです。
しかしながら、同社の運営思想や社会的視座には非常に共感できた点も特筆すべき事実です。
ゼロベース思考:ゲーム会社という前提を一度壊す


DOUNUTSが注目したのは、社内で必要に迫られて作った自社向けの労務管理ツールでした。
多くの中小企業に共通する課題、「出勤管理が煩雑でミスが多い」「労務知識がなく、法令対応が難しい」などの現場の困りごとが、市場全体の“ジョブ”として浮かび上がってきたのです。
実は当時、ゲーム業界全体の労務環境は“過重労働・長時間労働・未整備な勤怠管理”といった問題を抱えていました。
DOUNUTSも例外ではなく、社員の疲弊や法令対応の煩雑さに頭を悩ませていたのです。
こうした背景から、自社の業務改善として開発した勤怠管理ツールは、“ゲーム業界に限らず、日本中の中小企業が抱える労務の構造的な問題を解決する糸口”としても映りました。
これを単なる業務改善ではなく、「社会的な課題解決」として捉えたことで、事業としての展開意義と使命感が生まれたのです。
さらにDOUNUTSは、労務管理だけでなく会計処理や人事評価など、関連する業務フロー全体を俯瞰的に捉え、業務全体の効率化・可視化・一元管理へと視野を広げていた点も見逃せません。
つまり、「ゲーム会社だからゲームを作る」ではなく、“自分たちが作れるもので、他社も困っていることは何か?“をゼロベースで考え直したのです。
ジョブ理論(JTBD):企業が“雇う”べきサービスとしてのジョブカン


DOUNUTSは、顧客企業がジョブカンを導入する“ジョブ“をこう捉えました。
顧客が抱える“ジョブ”
- 「労務ミスによるリスクを減らしたい」
- 「複雑な勤怠管理を自動化したい」
- 「従業員からの問い合わせや手作業対応を減らしたい」
この“ジョブ”に対して、ジョブカンは、「手軽でミスの少ない、クラウド型勤怠・労務管理ツール」という解を提示。
特に中小企業にとっては、専門知識がなくても扱えるUI、クラウドの手軽さ、導入コストの安さが“雇いたくなる理由“となりました。
DXの波に乗れた理由(評価ポイント)
→ 自社の困りごとから始めたため、実際に使えるプロダクトが生まれた。
→ 日本の中小企業の慢性的な人手不足・法令対応ニーズと合致。
→ ゲーム開発で培ったUI/UXの技術がSaaS開発にも転用できた。
→ スモールスタートから継続課金に持ち込む設計が秀逸。
→ 競争が比較的緩やかだった業界を狙ったのも正解。
SaaSモデルによる持続可能な成長


ジョブカンは、単発課金型ではなく、月額課金型(SaaSモデル)を採用。
これは、
顧客が継続的に“ジョブを解決し続ける”構造
DOUNUTS側も安定したキャッシュフローと機能改善への投資原資を得られる
という双方のメリットを生み出します。
また、
・勤怠管理
・労務管理
・給与計算
・ワークフロー
など、顧客の“ジョブ”の周辺に機能を展開することでLTV(顧客生涯価値)の最大化にも成功しました。
まとめ|「ジョブ」に注目したからこそ成長できた


DOUNUTSの事例は、次の2つの教訓を示しています。
ゼロベース思考で、自社のリソースを再定義する勇気
ジョブ理論を使って、顧客の「困りごと」に寄り添う視点
結果として、DOUNUTSは“エンタメ企業”から“社会インフラ企業”へと進化。
ジョブカンは、単なるシステムではなく「企業の業務を代行する社員」のような存在として、今も多くの企業に“雇われ続けて”います。
DOUNUTSの事業展開が優れている理由
1|「内製→プロダクト化」という着眼点
社内課題をプロダクトに転換するという思考は、単なる発想力ではなく「現場と向き合う経営者」でないとできません。
「作れたから売る」ではなく、「困っていたから、他社にも提供する」という順番が秀逸。
2|アンゾフのフレームにとらわれないゼロベース思考
従来の「既存顧客×既存技術」の延長線ではなく、新しい軸での価値創出に挑戦。
フレームワークに従うのではなく、それを“超えていく”視座を持っていた点が他と違います。
3|JTBD(ジョブ理論)に基づく顧客理解
顧客は「ソフトウェアが欲しい」のではなく「労務管理の失敗を減らしたい」。
この“雇われる理由”に着目したからこそ、導入のハードルが低く、継続率も高くなる。
4|プロダクトが業務フロー全体を最適化
勤怠→労務→給与→会計という“ジョブの連鎖”を理解して、プロダクトを拡張。
これは単なるSaaS提供ではなく、「業務設計の再構築」を提供する思考です。
通常の経営者や机上のコンサルが陥りがちな点との対比
視点 | 通常の経営者・コンサル | DOUNUTSの戦略 |
---|---|---|
出発点 | 既存の強みや市場から発想 | 現場課題からジョブを発見 |
展開 | 成功パターンの踏襲 | 他業種・他文脈からの応用 |
競争優位 | 技術や人脈などの資産に依存 | 「雇いたくなる理由」を提供 |
組織の使い方 | 既存の構造に合わせた改善 | 組織構造をプロダクト化の実験場に |
「理論のための理論」ではなく「使って超える」姿勢
DOUNUTSは明らかにMBA的な基礎を踏まえていますが、それに従属していないことがポイントです。
- アンゾフのマトリクス → あえて枠組みをはずれた発想
- JTBD(ジョブ理論) → 市場ではなく「困りごと」起点
- SaaSモデル → 教科書どおりの収益モデルだが、構成の仕方が独自的
- ゼロベース思考 → 理論外の実践知
このように、DOUNUTSの思考は「理論と現場を接続し、再構成していく柔軟性」が際立っています