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AIを数学に入れるなら倫理も必修に|技術と判断力、両輪で育てるべき理由

文部科学省が、高校必修科目「数学Ⅰ」に
AIやデータサイエンスの基礎を盛り込む方針を示しました。
これは、文部科学省が「AIが前提となる社会」に向けて、大きく舵を切ったという点で評価できます。
ただし――
正直に言って、このままでは片手落ちです。
数学だけ必修にして、本当に大丈夫?
今回の改訂案では、
数学Ⅰ:AI・データサイエンスの基礎 → 必修
情報教育:すでに必修
倫理:選択科目のまま
という構図が見えてきます。
つまり、AIの仕組みや使い方は全員に教えるが、
「使っていいのか」「どこで止めるのか」は教えないという教育設計になりかねません。
これは、かなり危険です。
AI時代の倫理は「道徳」ではない
「倫理」と聞くと、多くの人はこう思うかもしれません。
・哲学者の名前を覚える科目
・抽象的で役に立たない
・受験のための暗記科目
しかし、AI時代の倫理はまったく別物です。
倫理=意思決定の基準
AI・データが関わる現場では、日常的にこんな判断が迫られます。
・どこまで個人データを集めていいのか
・アルゴリズムで人を評価していいのか
・効率化のために、誰かを切り捨てていいのか
・「できること」と「やっていいこと」の境界はどこか
これは哲学の問題ではなく、現実の社会判断そのものです。
倫理を教えないと、何が起きるのか
もしこのまま、
数学(AI・データ)だけ必修
倫理は選択のまま
になった場合、将来どうなるでしょうか。
想定される社会の姿
・数字で説明できるものが「正しい」
・効率や最適化が常に正義になる
・感情や尊厳は「ノイズ」として扱われる
・「できるからやる」人が増える
これは、技術的には優秀でも、社会的に危うい人材を量産する構造です。
本来あるべき「必修セット」
AI時代の基礎教育は、本来こうあるべきです。
高校必修の三本柱
数学Ⅰ(AI・データの仕組み)
→ 何が起きているかを理解する力
情報Ⅰ(AIの利用・実装)
→ 技術を扱う力
倫理(判断と制御)
→ 使わない・止める判断をする力
この3つは、どれか一つ欠けても成立しません。
倫理は「ブレーキ」である
車に例えるなら、
数学・情報:アクセル
倫理:ブレーキ
アクセルだけ教えて、ブレーキを教えない運転教育が危険なのと同じです。
AIを社会に実装するということは、人の人生に介入する力を持つということ。
だからこそ、「どこで踏みとどまるか」を考える倫理は、全員に必修であるべきなのです。
まとめ:AIを必修にするなら、倫理も必修に
AI教育を進めるなら、同時にこう問い続ける必要があります。
正しいとは何か
公平とは何か
効率より優先されるものは何か
これを考える力がなければ、AIは「便利な道具」ではなく静かに社会を壊す装置になりかねません。
AIを教えるなら、倫理も必修に。
それは理想論ではなく、現実的な社会防衛策だと思います。



